Hiroshima Photography

SONY サイバーショット HX30V でとった広島の写真 ツイなま シンタニの備忘録

1981年「悲しみは雪のように」シングル盤ジャケットは愛宕踏切なのか

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うろ覚えですが*1昭和56年「悲しみは雪のように*2」レコードジャケットは広島駅近くで撮影とのこと。広島駅が雪化粧した日に呉線の車窓を眺めながら思い出したことがありました。

およそ40年前と言えども、そしていかに浜田省吾さんであろうとも線路内立ち入りはご法度のはず。もしも本当に撮影スポットが広島駅周辺だったとして、可能なところと言うと愛宕踏切が浮かんだのですが、実際どうだったんでしょうか。田島照久さーーーーーーん!おしえてーーー!*3

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2014年12月17日12時48分ごろ 呉線のぼり方向車内から 荒神陸橋の手前

……すいません!肝心の愛宕踏切はここから150mほど手前。シャッターきったものの、ブレちゃって掲載するのもアレな残念な写真になちゃったという。

2019年2月22日15時38分ごろ 愛宕踏切。エキシティと結ぶべく横断歩道橋の延長工事

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Google Earth 愛宕踏切上空。周辺は戦中まで宇品線の安芸愛宕駅があった場所。広島駅に0番ホームの名残を見つけることができるように、宇品線の痕跡が廃線*4からおよそ半世紀の今でも南区内に見つけることができます*5。現在は失われた宇品線の関係のものが1981年にはまだ残っていて(南蟹屋〜段原〜宇品の線路は90年代まであったので)、そこが撮影スポットだったのかなあと考えたりもしました。広島操車場のあたりだったとしたら、今はマツダスタジアムが建っていますので撮影スポットの特定はかなり困難。でも、こうしていろいろ考えるのは楽しいですねえ。

*1:田家秀樹さんの「陽のあたる場所」を読んだことによるうろ覚えです

*2:アルバム「愛の世代の前に」からのシングルカットのほう。1981年11月21日リリース。ちなみに、ドラマ「愛という名のもとに」放送時の1992年は呉三津田高校2年生でしたので、母校の先輩のご活躍にウキウキしながら主題歌のシングルCDを買いに行きました。こちらのリメイク盤は1992年2月1日リリースでしたね!

*3:田島照久さんは浜田省吾作品のアートデザインを多く手掛けています。

*4:国鉄宇品線は1972年4月に全廃。宇品四者協定線は1986年10月廃止。

*5:駅表示板や動輪モニュメントを設置した段原南第五公園のように、宇品線を現在に伝える目的でつくられたスポットがいくつかあります。